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バリ島クタ村ベネサリ通り(Jl.Benesari)のウォール・アート続き

先日アップした、クタのベネサリ通りのウォール・アートの続きです。
道を挟んで反対側のものを紹介します。

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今回紹介するのは、この右側の壁画です。
手前が北側で、奥に向かって北から南側に向かって並べてみました。

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始めの三つが最近に描かれたもので、後の二つはかなり以前からあったものです。
こちら側の古い写真は見つかっていませんが、出てきたら、また、紹介しようと思います。
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バリ島クタ村ベネサリ通り(Jl.Benesari)のウォール・アート

バリ島のコロナ騒ぎで、帰国前にクタに滞在したとき、撮影したウォール・アートで、ベネサリ通り(Jl.Benesari)のものを紹介します。
クタの写真を整理しているうちに、いくつか、かなり以前に撮影したものの場所が特定出来る写真が出てきました。
この壁画でも、2015年に部分的に撮影した2枚が出てきたので、合わせて紹介したいと思います。

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この建物の前の道路を、左に行くと、ポッピーズ-1通りに突き当たります。
道はこの建物の所で、南に直角に曲がり、クタ海岸通りに突き当たって終わります。
この右側に、かなり以前に描かれたものですが数十mにわたって、様々な絵が描かれています。

この曲がり角の絵を、北側から南に順番に並べてゆきます。

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最初のブロックには、外壁と、中の建物のベランダ部分に絵が描かれています。
下の絵の左側には「市川定時」という、日本人と思われる名前が書き込まれています。

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上が今年撮影した写真、下が2015年に撮影したものです。

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今年撮影した写真です。
上の写真の右半分と、下の写真の左半分の部分を、2015年に撮影していた写真が出てきました。

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2015年に撮影した画像です。

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この3枚は今年撮影した分です。

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一番下の写真の右半分を2015年に撮影したものです。
左側に貼ってある4枚のポスターは、傷んでしまっていますが、まだ貼られたままです。

2020年6月27日、写真を2枚追加しました。

クタで見つけた壁画

バリ島クタで撮影したはずで、ずっと見つからなかった壁画の写真が出てきたので紹介します。

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左下に、Fuck Covid19(くたばれコロナ)と描いてあります。
3月2日に散策したときには、すでにあったので、今年の1-2月に描かれたものだと思います。
右上にコロナウィルスが描かれていて、大きくStay Safe(お元気で)と描かれています。
他の場所でも、同じ様なテーマの壁画があったような気がします。

トヤブンカ村:水辺の風景

以前、トヤブンカ村のバトゥール湖畔は、一部が砂浜のようになっていて、自由に水辺に近づけました。
近年、再開発によるリゾート化が進んで、岸の部分は、殆どがリゾートホテルや観光施設に囲い込まれてしまい、水際に行けなくなってしまいました。
2008年に撮影した、湖の写真を5枚アップします。
いずれも、ブロニカETR-si で撮影したものです。

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小舟を使った刺し網漁。
棒きれで水面を叩いて、魚を網の中に追い込みます。
地元では、湖で捕れた魚は、養殖も含め「グラミ」と呼ばれています。
焼いたものや素揚げにしたものに、サンバルマターと呼ばれる、紫タマネギと、香辛料を混ぜ合わせた、調味料を載せた料理が、地元のワルンなどで食べられます。

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湖の中で選択する女性。
今では湖岸部分も、自由に出入り出来なくなって、こういった風景も見られなくなりました。

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2008年から作られていた、湖岸から村民用の沐浴場へ通じる通路。
翌年には完成していて、高さ2m程の、護岸を兼ねた通路になっていました。
便利な道でしたが、数年後の大雨による増水で、背丈くらいまで水没して使用出来なくなっています。
現在は、この部分は、ホテルと観光施設に囲い込まれ、近づけなくなっています。
人力で、大きな石を投げ込んで道を作っていました。

バリ島の屋台料理「バクソ(Bakso)」

バリ島でよく見かける屋台の食べ物で、バクソはとてもポピュラーなものです。
もとはジャワ系の食べ物だと思います。

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クタの横丁を散策していたときに、偶然見つけたバクソ屋さん。
鶏肉や魚を使った丸いつみれのような団子が入ったスープ。
テーブルにいろいろな調味料がのっていて、客が好みに合わせた味付けをして食べるようになっています。
他に麺や、ライスヌードル(白滝のような米粉で作った麺)、揚げたワンタンのようなものが入っていたりします。
一般には、屋台で食べることが多いですが、屋台のものよりは具のバリエーションがあります。

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ここがそのバクソ屋さん。
入れる具の種類数によって、15,000-20,000ルピアくらいの値段。
飲物を含めて200円前後。
この手のメニューの店では、かなり立派な構えです。

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これはウブドに隣り合った、パダンテガル村にある魚のサテ(サテ・イカン)屋さんの、付け合わせについてくるスープ。
サテ・イカンは、美味しいですが、相当、辛いものが多いです。
この店も、サテとご飯以外はかなり辛い味付けです。

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プリアタン大通りの、ガジュマルの近くにあるバクソ屋さんで食べたもの。
地元の人には人気の店です。

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クタの街中にある、一般的なワルン。
食材がケースの中に並べられていて、ある程度好みによるアレンジも出来ます。
ケースの形は、お祭りなどで店を出している、露店と同じ様な雰囲気です。

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こちらは露店ですが、クタ海岸に店を出しているバクソ屋さんです。
こういった店を出しているのは、地元在住のジャワ人が多いように思います。

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大きな祭礼の時は、多数の屋台が集まります。
客は時たま旅行者も見かけますが、大半は祭礼に参加しているバリ人です。
こういった露店で出されるものは、とても辛い味付けのものが多く、それに、サンバルというチリソースなどを入れて、さらに辛くしたものを食べる人が大半です。
これは、ニュピの前に、海岸で催されるムラスティの時に撮影したものです。

新規開店

日本に帰国してから、旅行中の写真をチェックしていたら、3月に見たときに建築中だった建物が、4月にレストランとして開店しているのに気付いたので、写真を紹介します。

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3月7日に撮影。

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4月7日撮影。
場所は、クタ村のレギアン通りの中程。
それにしても、タイミングとしては最悪の状態で開店していると思います。
この時期になると、開店している店のほうが、歩いている旅行者の人数よりも多い感じになっていました。
ほぼ同じ場所から、同じ様なアングルで撮影していました。

旅行中の両替のレート

今回の旅行は、コロナ騒動のために、予約していた帰国便が欠航したり、かなりバタバタした旅になったと思います。
その中で非常にラッキーだったのは、円が非常に高かったことです。
宿泊費などは、いつもの年と同じだったので、総額で、2-4万円程安く上がったような感じでした。
3月初の、到着時のレートは、1円が128ルピア程で、3月15日頃に140Rp台に上がり、通常はニュピの前後にかけて、徐々に安くなって行くのですが、今年はそれを維持したまま4月に入りました。
ピークは4月2日で、ごく短時間ですが150Rpを超えました。

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ウブドのビスモ通りで撮影した、両替所のレート一覧です。
これ以降、小幅な値動きがありましたが、帰国するまで、138-142Rpのレートを維持していました。

以下は両替したときのレートで、1円あたりの価格です。

3月2日:128.25 rp.
3月7日:132.5 rp.
3月9日:132.5 rp.
3月16日:137.5 rp.
3月19日:142.5 rp.
3月23日:145.5 rp.
3月31日:146.25 rp.
4月1日:145.2 rp.
4月2日:150.9 rp.
4月4日:146.75 rp.

到着した当初の128ルピアというのは、今回の旅行での最安値でしたが、過去の旅行時の価格の最高値を超えています。

帰国しました

今回の旅行は、後半に入って日程も押し詰まってきた頃から、かなりごたごたし始めましたが、何とか帰国することが出来ました。
始めの予定では4月24日の「デンパサール - 成田」の直行便での帰国予定でしたが、例によってコロナ騒動が本格化し始め、4月下旬頃までの成田行きの欠航が決まり、直近のフライトが22日だったので、それに変更しました。
出発の数日前に、その便も含めて5月末までの全便欠航が決まったので、クタ「パラダイス・ホテル」内のガルーダ・インドネシア航空のオフィスに行き、22日夜のジャカルタ経由、羽田行きに振り替えてもらいました。
22日の8時15分発、スカルノ・ハッタ空港経由23時30分発の便で、羽田には23日の9時前後の到着予定です。
オフィスのスタッフは、とても丁寧な対応で、分かりやすく説明してくれました。

宿から空港までは、宿のスタッフにトランスポートを頼み、車を呼んでもらいました。
代金は15万ルピア。1000円程です。
デンパサールからは国内線で、スカルノ・ハッタ空港の第3ターミナルに到着します。
荷物は羽田まで送れるので、ジャカルタでは、国際線のゲートへ行くだけです。
デンパサールで、搭乗券を2枚渡されるので、ジャカルタからの搭乗券にゲートナンバーが入っていれば、直接、出国審査を受けてゲートに向かいます。
ゲートNoがなければ、チェックインカウンターで乗り継ぎの手続きをして、出国審査を受けてから搭乗口に向かいます。
ただ、空港がとても広いので、移動するだけでもかなり大変です。

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デンパサールの空港で食べた夕食。
ちょっとメニューの選択を間違えた感があります。
空港の食堂なので、こんなものかも知れない、というくらいの味でした。
まずくはなかったですが。
これにアイスティーをつけて128,000ルピアでした。

スカルノ・ハッタ空港のフライトは、定刻よりやや遅れて23日の午前1時前頃。
デンパサールも、ジャカルタの空港も、すごくガランとした感じで、重苦しい雰囲気がただよっていました。

羽田到着が9時前後、第3ターミナルへの到着です。
機内で渡された、検疫関連の書類5通と、税関へ提出する書類を記入して、待合室でしばらく待たされました。
その後、検疫官による、コロナ関連の説明を受け、ウィルス検査のための検体採取を行います。
検体採取が終了すると、自宅へ帰るか、ホテルが確定していて、公共交通機関以外の交通手段、家族による出迎え・レンタカー・ハイヤーの予約などが取れている人達は、入国審査を受けて帰って行きました。
私の場合は、移動手段が確定していなかったので、空港で検査結果を受けてから、巡回バスで川崎駅まで送ってもらい、そこから徒歩で帰ることにしました。

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検査結果を待つ間に、空港で用意してくれた昼食。
製造元を見ると、千葉県で製造されたものです。

ジャカルタから帰国した人で、検査結果を聞くために空港で待っていた人も、10人前後いたと思います。
自宅やホテルで待機する人には、陽性の場合はその日のうちに、陰性の場合は数日間のうちに連絡が行くと云うことです。
ただ陰性の場合でも、できる限り外出は控えるようにとのことでした。
私の場合は陰性とのことだったので、大きな荷物は宅配便で送り、巡回バスで川崎まで送ってもらいそこから徒歩で帰宅しました。
自宅待機期間は5月8日までです。

懐かしの映画スター

クタのベネサリ通りを歩いていたときに見付け、うっかり写真を取り損ねていた壁絵があったので撮影してきました。

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この写真を見てぴんと来る方は、それなりの年代の人か、かなりの映画ファンだろうと思います。
「荒野の用心棒」、マカロニウエスタンの傑作の1つで、主演はクリント・イーストウッド。
セルジオ・レオーネ監督の作品です。

横にある絵も、西部劇の場面風でよい感じです。
今は、例によって休業中ですが、開いているときに見てみたかった気がします。
いまひとつ、イーストウッドには似ていませんが、雰囲気はあります。

裏町の金魚屋さん

クタ村のわりと北側にある、ケンデデス通りという、通りで見付けた金魚屋さんの写真を紹介します。
クタからレギアン方面へ北上する道で、途中、ブランバンガン・クタ通り、マジャパイト通りと、一続きですが名前が変わります。
ずいぶん昔の話で、何年なのか覚えていませんが、ほとんど同じ場所で、バイクで金魚を売り歩いていた人を、撮影した記憶があるので、ひょっとして、その人の店ではと思ったのですが。
帰国して、写真を探してみようとは思っています。

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ビニールの袋に入れた、金魚を売っています。
バリ島では、普通に見かける売り方です。
祭礼などの露店でも、こんな売り方をしているか、大きなタライみたいなものに金魚を入れて、売るときに、注文した数を同じように袋詰めにして渡してくれます。
下の、四角い水槽にも、もっと小さな魚がたくさん入れてあります。

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これは、別の横町で見た、アヤム・バカール(鶏のもも肉焼き)です。
地元の人しか来ないような、小さなワルンの店先で焼いていました。
炭は、ココナツの殻で作った炭で、火が回るまで、すごい煙が出るのですが、とても火力の強いものです。