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プランバナン(Prambanan)遺跡群

プランバナンはジャワ島に残るヒンドゥー寺院の遺跡では最大のもので、1991年に世界遺産に指定されている。
マタラム王朝のラカイ・ピカタン王の治下、紀元850-900年頃にかけての建造とされる。
王の死後、シヴァ神殿の台座の下、地中深くに王の遺骨を納めたと伝えられ、シヴァ神殿は王の霊廟でもあるようだ。
ウォーレス線で有名なアルフレッド・ラッセル・ウォーレスの「マレー諸島」の中にも、1861年にジャワ島を旅行したおりに訪れた古代遺跡の一つとして、簡潔ながら紹介されている。

オランダ統治時代の1937年から修復が行われていたようだが、本格的に修復が進んだのは、戦後になってから。
戦前の絵葉書を見ると修復はごく限定されたもので、主要建築物は下方三分の一程度を残して倒壊し、ほとんど瓦礫の山となっている。
インドネシア発行の切手を見ても、ボロブドゥールは戦前から繰り返し図案化されて発行されているが、プランバナンの図案の切手は1度発行されただけのようだ。

遺跡は現在、公園のような形で管理されており、外国人の旅行者は10US$の入場料金を払う。
2006年のジャワ島中部地震で大きな被害を受け、2007年から修復工事が始まっていたが、そのときには遺跡を外側から見るための場所が設けられていて、寺院群に近づくことは出来ない状態だった。
その後、同地を訪れる機会がないので、現在の状態はわからないが。


1999年「フランス国際切手展」の記念小型シート。
インドネシアの国旗とプランバナン寺院群のシヴァの聖堂を描く。
これがインドネシアで発行された、この遺跡が図案となった唯一のものだと思う。




上の2枚はオランダ領時代にジャワで発行された絵葉書。
下の絵葉書には修復のための足場のようなものが見られるが、構造から見てもごく限定的なもので小規模な修復が行われていただけのように思う。
遺跡自体は見てわかるように、大部分が崩れ落ちた状態になっている。


これもオランダ領時代の絵葉書で、壁面の小さなレリーフを図案としたもの。
基壇の回廊を飾るレリーフは「ラーマーヤナ」の物語を描いたもので優れた美術品として、当時から有名だったようだ。
遺跡下部の基壇に施されていたものなので、当時からほぼ完全な形で残っていたらしい。
なお、オランダ語では「Brambanan」と表記されている。




プランバナンで配布されていた解説書で、上のカラー印刷が表紙と裏表紙、下が本文の一部。
文庫本ほどのサイズで英文8ページの簡潔なものだが、遺跡の概要を要領よくまとめてある。
無料配布の解説書としては結構立派なもの。

2007年4月に撮影、地震で被害を受けた遺跡の状況。
最上部のやや下方が落下してしまい、今にも崩れ落ちそうな状態になっていた。
簡単な足場を組んで、かろうじて落下しないように支えてある。
下の方にも大きな破片は取り除かれてはいたが、小さな破片が散らばっていた。
この地震では、ボロブドゥールの被害はほとんどなかったらしい。
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