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ボロブドゥール遺跡

最初にボロブドゥールを訪れたのは、1994年3月で、1998年4月、2003年4月、2006年4月、2007年4月と計5回訪れている。
2003年以降は、現地に数日間、滞在して周辺の散策、撮影などをして過ごした。

オランダ統治時代に作成された絵葉書。
遺跡は周りに広がる、水田に取り囲まれていた。
オランダ政府によって行われた修復後の写真。

2003年に同地を訪れた際の写真。
周辺は水田に取り囲まれているが、遺跡を周囲から隔てるための鉄柵が設置されている。
ボロブドゥール遺跡は、中部ジャワのヨグヤカルタの北西42キロに位置する、大規模な大乗仏教遺跡。
1991年に東方3kmのムンドゥッ寺院、1.8kmのパウォン寺院と共に、ユネスコの世界遺産に登録されている。
この三つの遺跡は直線的に配置されており、現在は、この三つの遺跡を合わせて、複合的な寺院群を形成していると考えられている。
遺跡の総面積は15,000平方メートル。
高さは当初42mだったが、現在は33.5m。
天然の丘に盛り土をして、その上に石造の建造物を構築してある。
仏教遺跡としては、内部構造を持たないという大きな特徴がある。
最下段が一辺が115mの方型をなし、その上に5層の方型壇、その上に3層の円形壇が乗り、最上層の円形段の中央に、中央に空室を持つと言われる大ストーパが置かれている。
当初、ムンドゥッ寺院に安置されている仏像を、最上層に安置する予定であったが、大きすぎるため運び上げることが出来ずに、大ストーパを建造したという言い伝えもある。

これも統治時代に作成された絵葉書、頂上の円形壇に通ずる階段の一つ。
上部に魔物の進入を阻止するためのカーラのレリーフが施されている。

レリーフを図案とした絵葉書。オランダ統治時代のもの。
5層の方型壇の側面には、1460面に及ぶレリーフが施されており、回廊の外壁には432体の仏像が安置されている。
最下段にもレリーフが施されているが、補強用の石積みによって覆われて、ごく一部を除いて現在は見ることが出来ない。
円形壇にはレリーフは施されていない。
仏教的な悟りの境地を、抽象的に具象化したものと考えられている。
多くのレリーフはその内容が解析されているが、一部のものについては、まだ解明されていない。
遺跡は全体が、巨大な曼荼羅を形作っていて、須弥山を模して建造されたとの説もある。
出土した碑文によれば、建造は、シャイレーンドラ王朝の西暦780年頃から始まり、792年に本体の建造が完了したとされる。
その後824年に改修工事が開始され、833年に最終的に改修工事が完了している。
資材は厚さ20-30cm.の切石ブロックで、質の粗い安山岩や凝灰岩が使用されている。
ブロックの総数は約200万個、容量は55,000立方メートル、総重量は350万トンと推定されている。
遺跡は当初、森林中に埋没した形で放置されていたようで、1814年にトーマス・ラッフルズと、オランダ人技師コルネリウスによって発見され、その一部の発掘が行われた。
埋没については、噴火の降灰によるとされるものと、イスラム教徒による破壊を恐れて、住民が埋めたとする説がある。
発見の経緯については、詳しく調べる機会がなかったが、地元民の噂などで遺跡があることを知り、現地に行ったのではないだろうか?
1851-1854年の2次発掘調査により、壁面のレリーフ全貌が明らかとなった。
崩落の危険があったので、調査の後に埋め戻されている。
この遺跡も当初からかなり知られていたようで、ウォーレスの「マレー諸島」の中でも簡潔ながら言及されている。
修復はユネスコ主導の下に、1973年から2,000万ドルの費用をかけた修復工事が行われ、1982年に完成した。

遺跡修復工事が始まる以前、1968年に発行された、修復工事の必要性をアピールするための付加金付切手。
単片1種・3連刷1種と同図案の小型シートが発売された。

修復工事は1973年から始まったが、2年後の1975年に発行された記念切手。

工事完成は1982年だが、その翌年、おそらく遺跡公開と同時に発行された記念切手。
その後1980年から、日本が技術協力を行い、遺跡周辺を公園として整備する事業が行われた。
その際に周辺の農地などの接収が行われたため、一部の周辺住民からは反発の声も上がったらしい。
遺跡では年に一回、5月の満月の夜に、ワイジャックと呼ばれる祭礼が行われ、インドネシアの公式の祭日にも指定されている。
これはムンドゥッ寺院に仏教徒が集まり、お経を唱えながら西に向かって行脚し、ボロブドゥールの回廊を上って涅槃に至るというもの。
この遺跡はインドネシアの遺跡保護のシンボルのような存在で、オランダ領時代から、この遺跡を図案とした切手が何度か発行されている。




オランダ統治時代に発行された切手、上は1930年発行の児童福祉シリーズ4種の、付加金付切手の内の1種。
下は1946年発行の通常切手5種の内の1種と、翌1947年に額面を改正して発行された加刷切手。

日本軍政時代に、ジャワで発行された通常切手の内の一種。


終戦後、オランダとの独立戦争時代に、独立政府によって発行されたもの。
ジャワで発行されたもので、日本軍政時代の切手に、国名を加刷したもの。
ジャワで発行された、独立政府が発行した正刷切手。
下は裏写り。印刷のインクが乾かないうちに重なってしまったために、図案が切手の裏面に写ってしまったもの。
文章はウィキペディアを参考に作成。

参考文献:
アルフレッド・ラッセル・ウォーレス(新妻昭夫訳):マレー諸島(上下巻)筑摩書房(1993)ちくま学芸文庫
並河亮:ボロブドール(華厳経の世界)講談社(1978)
田枝幹宏・伊東照司:ボロブドール遺跡巡り.新潮社(1992)とんぼの本
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